まるで





 知らずため息をついていて、そんな僕を江神さんが笑った。なにため息ついとんのや、って言われても。ジャンケンが時の運だなんて、嘘だ。それでいて確率なんて、所詮は数字が見せるまやかしだ。僕はジャンケンが弱い。だから今、こんな寒い日に買い出しなぞさせられている。
 一応江神さんも負けたことになっているが、ほぼ僕に対する同情みたいなものだ。本当は一番負けた僕一人で行くはずだったのだが、二番目に負けた江神さんもついて行くと言ってくれた。その申し出はありがたかったが、惨めさは増した。
 僕は幽霊とか霊魂とか、不可思議なものをあまり信じない。望月ほど躍起になって理屈という枠組みに収めようとはしないけれど。でもたまに思う。ジャンケンが不思議と強いマリアには、何か珍妙なラッキーヴィーナスでも憑いているのではないかと。霊感があるらしい友人が言っていたことがある。たまにいるんだそうだ、守られている人物が。
 僕は守られていない。だから負ける。今回は江神さんを巻き込めたから、よかったけど。
「えーっと、ビールにアイス、酎ハイ、何か適当につまめそうなもの……適当にって何や。適当が一番困るっちゅうに」
「アリス。独り言がでかいぞ」
「こうでもしなきゃやってられませんよ。寒い中外に放り出されて」
「公平にジャンケンで決めたやないか。今更グダグダ言うな」
 う。確かに、それはそうなんだけれど。でも、「ジャンケンでいいですよね?」とマリアが言った時は確かにジャンケンは誰がどう見てもフェアだと信じていた。でも今は信じていない。笑われそうだから、言わないけど。そもそも、笑われそう、と思っている時点でかなり現実味を欠いたただの僕の負け惜しみであることは自覚している。
「これ、みんなから集めたお金をかき集めても足りなかったら、足が出た分は僕持ちですか?」
「当たり前や」
「はあ……」
 江神さんは涼しい顔でつまみやら酒やらを次々にカゴに入れていく。男らしい。うぅ、金のことなぞあれこれ考える僕は小さい男です。尊敬します、江神さん。
「あとは、何や?」
 僕は慌ててカゴを持っていない左手でメモを見る。
「アイスですね。これは多分モチさんと信長さんなんで、ダブルアイスでも買っていけばいいでしょう」
 二人で一袋のアイスを分け合えばいい。思わず慎重にダブルアイスを割る二人を想像してしまった。面白い。
「そんなん駄菓子屋にしかないと思うぞ。ほれ」
 江神さんがアイスコーナーを指さす。やはりない。
「いいですよ。もともと期待してませんし、」
 と、言ったところで盛大なくしゃみを一つ。アイスコーナーの放つ冷気のせいか、心なしか肌寒い。鼻を啜ると、「寒いか?」と聞かれた。僕は「まあ」と返事をする。
「最近風邪気味なんですよ。喉が痛くて、」
 ひとりごちるように言うと、江神さんは一体どこから取り出したのか、のど飴を僕に差し出した。僕は意表を突かれたせいで一瞬反応するのが遅れた。
「いいんですか?」
「俺は喉の調子は言うことなしや。食べとけ」
 僕は何だかよくわからないが妙に感動して、メモを一旦しまい、江神さんから飴を受け取った、
 その時、
 軽く指先が触れて。
 ただそれだけなのに、僕はわけもなく心がざわついた。江神さんが軽く笑んでみせるから、それが更に拍車をかける。心拍数がおかしい。おかしい、先輩相手に。それも男なのに。
 なんだ、これ。
 これでは、まるで恋のようではないか?
 僕は踵を返した江神さんの後を数秒遅れて追いかけながら、手の中の飴を握り締めた。はちみつレモン。
 違う。知らない。
 こんなのは知らない、恋だなんて、うそだ。――僕は自分にそう言い聞かせる。恋としか言えないような感情に名前を付ける術を僕は知らない。どうすればいいのかわからない。
 江神さん。江神さん、江神さん。
 この謎を、解いてもいいですか?





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