WHY? うっかり眠ってしまった。 明日叶が慌てて起きあがると、亮一はまだ来ていない様子でホッとする。仕事が終わったらラウンジに向かうからそれまでに資料を集めておいてほしいと言われていたのだ。別に明日叶自身がいなくても、本をデスクに置いておけばいいのだが、ここに残ったのは明日叶の意志だ。 眠い目を擦っていると、何ともタイミングよく、足音が聞こえた。期待に胸を膨らませる。 ガチャ、と控え目にドアが開くと、亮一が入ってきて明日叶を見つけて、「あれ?」と驚いたように目を見張った。「明日叶、まだ起きてたのかい?」 「まあ……はい」 どうしてと聞かれても、まさか亮一さんに会いたかったからですと言うわけにもいくまい。明日叶は笑ってごまかしながら、さりげなく話題をすり替えた。 「そういえば亮一さん、今日はちゃんと夕食、食べましたか」 「食べたよ、食べた。食べないと明日叶に怒られるからね」 苦笑する亮一さんに当たり前ですと言ってから、無意識にまた目を擦ると、亮一さんは「寝てたのかい」と聞いてきた。 「目が、ちょっと赤い」 覗き込むようにして見つめられて、明日叶の顔は自然と赤くなる。気持ちがすぐ面に表れる性格のためか、受け答えがぎこちなくなる。 「あ、あの、本を読んでいたんですけど、眠くなって……」 俯いてしまって、それから再び顔を上げると、亮一さんが優しく微笑んでいた。明日叶を労るように、優しく。明日叶はそれだけで焦りや羞恥などがすぅっと消えていくのがわかった。 「無理は、するなよ。明日叶は俺の大事な」 一瞬ドキッとする。 「片腕なんだから」 「……はい」 落胆と歓喜がごった混ぜになった、自分でもよくわからない感情を抱きながら明日叶は頷いた。この人の期待に応えたい。でも片腕だけじゃ満足できない。明日叶は軽く唇を噛みしめた。我が儘、だろうか。 「亮一さん、」 「ん?」 無意識に名前を呼んでしまって、しまったという気持ちになった。本当に無意識だったんだ。 「……いえ……あ、あの、もう仕事はいいんですか」 「ああ、もう寝ようかと思ってる。明日叶も寝た方がいいぞ。送ってくから」 明日叶は素直にありがとうございますと口にして立ち上がった。瞬間、足に力が入らなくて少しぐらつく。といっても、ちょっと踏ん張れば我慢できるくらい軽いものだったのだが。 「明日叶、大丈夫かいっ?」 亮一は焦ったように後ろから手を添えて明日叶を支えた。亮一の手の温かさを背中に感じて、明日叶は一気に顔が火照るのを感じた。呂律の回らない舌でなんとか大丈夫ですと答える。 「本当かい。何度も言うけど、無理だけはするなよ」 亮一はそっと明日叶の瞼に触れる。 「目も、ちゃんと休めないと。明日叶は人よりずっと目を使うんだから」 「……はい」 ああ、大きな手が離れていく……明日叶は思わず声をかけた。 「あ、あの、亮一さんっ」 ん、と亮一さんは優しい笑顔を、惜しげもなく明日叶に見せる。今、この時だけは確かに亮一さんの笑顔は俺のものだ。明日叶はそんな優越感を感じながら、同時に寂しさも感じていた。チームグリフに等しく向けられる笑顔。もっと他の、特別な表情が見たい。俺だけに、見せてほしい。 「亮一さん、……手、繋いでくれませんか」 少し驚いた顔をした亮一は、しかしやっぱり微笑んで、理由を聞かずに手を繋いでくれた。ありがたいことだ。明日叶は嬉しくなると同時に、今更自分が言ったことに恥ずかしくなった。 何とも、不思議な時間だった。 もう遅い時間だったから誰にも見られずにすんだけど、明日叶は大きな手のひらの温もりにドキドキしっぱなしだった。やっぱり俺は、亮一さんのことが好きだ。 どうして、気づかないんだろう。 そう考えてから、まるで亮一さんに気づいてほしいみたいだ、と明日叶は更に赤面した。ちらりと亮一の横顔を盗み見る。でも本当は気づいてほしいんだって、明日叶自身、わかってる。 亮一さんが好きだ。 伝えたい。俺がこんなに亮一さんを好きなこと。 「亮一さん」 ん? と亮一は明日叶に顔を向ける。 「……すいません、なんでも、……」 どうしてこの人は気づかないんだろう? |