誰もが夜空を見上げていた 人ごみは好きではなかったが、今日だけはこの賑わいも、いつになく心を躍らせた。 慧は、祭りに来たことがあまりないらしい。両親が死んでからは一度も行っていないそうだ。対して明日叶は、アメリカで「祭り」はないものの「祭典」はあり、ハロウィーンやクリスマスは街中が盛り上がるから、こういうのには慣れていた。 「慧、大丈夫か?」 困惑気味の慧に声をかけると、慧は素早くああ、と応えた。明日叶は手にぎゅっと力を入れる。慧が祭りに来たのは、明日叶が誘ったからだ。だから、絶対に、慧に楽しんでもらわないと……そう思いながら明日叶はゆっくりと歩を進めた。もうすぐ、花火が上がる。 これだけ人がたくさんいるのに、知り合い、学園の生徒すら一人も見当たらなかった。見つけられないだけかも知れないが、学園の生徒に関しては、理由は何となくわかる。彼らが、こういう庶民的な騒ぎに便乗するとは思えない。 「慧、何か食べたいものとか、あるか?」 「いや……特に……」 明日叶はおおよそ予想通りの答えを聞いて、軽く辺りを見回した。りんごあめ、と書かれた店を見て思わず足が向きそうになるが、すんでのところで止まる。駄目だ、りんごが好きなのは俺じゃないか。しかし、慧が好きなものなどわからない。思えば俺、何も知らない。明日叶は一人突っ立ったまま、ちらりと慧を見た。 少しだけ、顔が綻ぶ。 これからゆっくり、知っていけばいいんだ。 慧はもう、どこにも行かないんだから。 「慧、わたあめとか、食べないか? たこ焼きもおいしいし、クレープもあるし……」 「……明日叶は、何が食べたい」 「え、俺?」 子供っぽいと言われないだろうか、と思いながら小さく「りんごあめ」と口にする。そっと慧の顔をうかがうと、慧はとても優しく――微笑んでいた。 あ、と明日叶は思わず目を瞠る。 その瞬間、大きな音がしたかと思うと、大きな花火が闇夜に咲いた。 にわかに騒ぎ出した子供、女子高生、目を細めて子供と花火を見つめる夫婦、花火を見ながらかき氷を頬張る若い男性。ここにいる人たちのだれもが花火を見つめ、花火だけが絶対的な存在だった。 明日叶も花火を見つめて、花火が上がる度に興奮し、同時に、隣に立つ恋人への想いも高まっていった。花火とは本当に、不思議なものだ。 「明日叶」 名前を呼ばれて、大きな空から視線を外し、慧の方を向くと、頬に軽くキスをされる。 明日叶が驚いていると、「祭りとは不思議なものだ」と言って、慧もまた驚いているようだった。 |