チョコレートキス






 甘ったるいチョコレートを口の中で転がしながら、ぼんやりと空を仰いでいた。チョコがすっかり溶けてしまったら、少し眠ろう。そう考えているのだが、チロルチョコよりも小さいこのチョコは舌で転がしているだけではなかなか溶けない。このチョコはクラスメートにもらったものだ。といっても、普通のチョコではなく、豪華な包装がほどこされていたチョコで、明日叶がアメリカで食べていたチョコよりもずっと美味しかった(大体、アメリカはやたら派手な色のチョコが日常的に売っているので、食べる気が失せてしまってアメリカではあまり口にしていなかった)。
 まだ。まだある。
 もう少し。
 明日叶が頑張って転がしていると、大木に背中を預けて座っていた明日叶の横にすっと人影が現れた。
 明日叶が振り向くと、そこには慧が立っていた。大体予想はしていたが、やはり嬉しくなる。この男は、大抵意味もなく気配を消して近づいてくる。本能的な、あるいは染み着いてしまったものなのだろうと明日叶は推測している。
「ここは、涼しいな」
 慧は脇の大木に手を触れさせながら言う。
「うん。昼寝にはちょうどいいかなって思ってずっと目つけてたんだけど、いつもグリフの誰かが騒がしいから、ゆっくり来ることなくて。……あ、別にグリフのメンバーが嫌だとか、言ってるんじゃないぞ」
「わかってる」
 慧は少しだけ笑みながら言って、明日叶の隣に腰を下ろす。それだけで明日叶は何とも言えない、満たされた気持ちになるのだ。あまり経験はないが、これが人を好きになるということなのだと思う。
 不意に、慧がじっと明日叶を見ていることに気づいて、明日叶は少したじろいだ。
「……慧?」
「何か食べてるのか」
「あ、うん。チョコ」
「そうか」
 慧は明日叶から目を離して前を向いた。そして軽く目を閉じている。心地よい風を感じているのかもしれない。
 そこで明日叶は、ひょっとして慧はキスをしようとしたんじゃないかと思った。しかし、自分の口がせわしなく動いていたのでやめたのではないか。違ったら恥ずかしいけれど、所詮心の中の葛藤なので関係はない。もしそうだとしたら惜しいことをしたな、と明日叶は少し後悔する。おかしい。キスなんて毎日してるのに。
 でも、ある。突然、刹那的に、したくなることが。
 慧もそういう衝動に一瞬でも駆られたのだろうし、明日叶もまた、今、すごくしたくなった。
 予定変更。明日叶は思い切り大分小さくなったチョコを噛んだ。柔らかくなっていたのでチョコはすぐに形を崩して溶けてしまう。明日叶は数十秒チョコと格闘すると、口の中のチョコを全て喉の奥へと追いやった。
 よし。
 明日叶が慧の方を向くと、ちょうど慧も明日叶の方を向いたところだった。
 目が合う。
 慧の目は綺麗だ。いつ見ても、いつもそれは明日叶の期待を裏切らず、綺麗なままでいる。同時に、自分の瞳も、慧が救ってくれたこのトゥルー・アイズと呼ばれる目も、こんな風に綺麗であればいいと思った。
 ――やはり、考えていることは同じだったらしい。
 二人はどちらともなく、しいて言えば同じタイミングで、そっとキスをした。
 触れるだけのキス。頬をなぜるそよ風のような、それは心地の良いキスだった。黙っていると眠気を誘われるような……。
 いっそこのまま眠りたい、と明日叶は思った。そしてきっと慧も同じ気持ちだろうと考えて、溢れる笑みを抑えることができなかった。


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