たまにはそんなもあるさ






 たまには。
 たまには、押されるばかりではなく押してみたい時だってあるのだ。
 いつもいつもこの、今隣に座っている男に先手を取られるのだが、慧だって積極的に人とスキンシップを取るタイプではない(だからこそ、些細な言動がたまらなく嬉しいのだけど)。だったら自分にだって慧を出し抜けるはずだ、と明日叶は意気込む。
 でも、どうしたらいいのだろう? 慧がいつもやっているようなことを全て明日叶ができるわけではない。頭を撫でたりとか(ムッシューにならできるんだけど)、髪を梳いたりとか、明日叶にとってはこれ以上とないくらいに難易度が高いのだ。それに慧だって、そういうのは意図してやっているわけではなく、自然に慧の中のもの(あえて言葉にするなら、助平心)がそういう行為に及ばせているのだろうと思う。明日叶が真似しようものならぎこちなくなるに違いない。考えるだけで顔が熱くなってくる。
 他にはなにがあるだろう? 明日叶は心の中で首を捻りつつ考える。いつか見たドラマを思い出す。そっと隣にいる恋人の太股の辺りに触れる。……なんだか、変だ。妙に変態くさい。考えてみれば女のやることを男の自分がやっても仕方がないだろう。ドラマは駄目だ。参考にならない。
 不意打ちキス。これだ。明日叶はいつもこの手の不意打ちに弱い。変な小細工をするよりもずっといい。明日叶は逸る胸を抑えつつも、慧の方にぐるりと顔を向けた。
 すると、慧と目が合った。
 どうやら、慧は先ほどからずっと明日叶を見ていたらしい。予想外だったので(明日叶の中のシミュレーションでは、名前を呼ぶ→振り向いたところを、というベタなものだった)、明日叶は固まってしまった。慧も慧で、何も言わずじっと明日叶の顔を見ているものだから、更に何も考えられなくなる。一種のパニック状態だ。ミッションでだって滅多には陥らないのに。
 不意に、慧が少し目を逸らして、また明日叶の目を見た。そして、未だパニック状態から抜け出せずにいる明日叶に、吸い寄せられるように口付ける。
 しまった、またやられた。
 唇を離した後ようやく平静を取り戻した(と言っても、未だしんぞうは早鐘だ)明日叶は、慧から微妙に目を逸らしながら「なんで、いきなり」とだけ口にする。
 慧は珍しく、少しバツの悪そうな顔をした。そしてぼそりと、
「瞳(め)が、」
 と言うのだ。
「瞳?」
「いつもより、綺麗に見えた」
 明日叶は数度目をしばたかせてから(思わず慧の顔を凝視してしまった)、また俯いた。そうすることの他に何ができるのか。
 この目が特別だと言われ、トゥルーアイズとしてチームに迎え入れてもらった。その力が認められて、コードネームもトゥルーアイズだ。しかし、綺麗だとか、そんな風なことを言われたのはまったく初めてだった。しかし、それなら、と明日叶は顔を上げる。慧の瞳を見つめた。「慧の瞳は、いつでも綺麗だ」と言うと、今度は慧が固まっている。
 どうやら不意打ちは、思わぬ形で成功したらしかった。


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