あるのこと






 火村臨床犯罪学者助教授は、その日、仕事はオフだった。
 だからというわけでもないが、仕事が行き詰まってむしゃくしゃしていた私は、締め切りもまだなので、憂さ晴らしに火村と飲みに行くことにした。
「仕事が遅い作家は大変だな」
「丁寧と言えアホ。締め切りはまだやのに、いつ催促の電話がかかってくるかビクビクするこっちの身にもなれ」
「それはそれは大変ですね」
 私は憮然としてビールを一気に流し込んだ。これではからかわれるために来たようなものではないか。
「で、君の仕事はどうなんや」
「どうだと聞かれても、まあいつも通り、としか答えようがないな」
 特に特別なこともあったわけではないらしい。この様子だと、フィールドワークの方も何もないらしかった。
「よっしゃ、飲むぞ火村」
「お前、さっきからかなり飲んでるぞ」
「もっと飲むんや、こうなったら自棄酒や」
「二日酔いになっても俺は知らん」
 そんなやりとりがあった後、文字通り、私は大分飲んでしまった。火村は途中キャメルを吸ったりしてそんな私を面白そうに見つめていた。
 そして、そんな奴の末路などたかが知れたもので、無論、私は二日酔いで頭を抱えなければならなくなった。
『だから言っただろ。仕事に行き詰まって、憂さ晴らしのために飲んだのに、余計仕事をできなくしてどうすんだよ』
『うるさいわアホ』
 これで真野さんが来たら悪夢だな、となんとなく思う。酒臭さに顔しかめられるかも。
『ま、せいぜい頑張れよ。俺は学生と楽しく戯れてる』
 という火村のからかいの言葉を最後に、通話は途切れた。
 溜め息を一つつき、私はずきずきと痛む頭に手を添えながら、少し微笑した。
 パソコンのモニターとのにらめっこを始めたのは、その後。


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