一瞬の風になって灰になれ、ようは当たって砕けろ! ずっと、空ばかり見てる。 普段は授業中、盛大に寝ている俺が、部活を引退してからはずっとずっと、空……青空ばかり、見てる。どうしてかは、自分でもよくわからない。そしてその「よくわからない」気分のまま、自然に溜息が漏れてくる。 これは……うん、これには覚えがあるぞ。もやもやした、この感じ……。 ――――恋煩い? そんなはずない、そう思いたい。でも残念ながら、前にも似たような経験をしたのだ。 谷口若菜。 前にもこの娘のことを考えて、もやもやして、メールがあるたびにドキドキ、ワクワク、返信を、返ってくるはずないのに期待して、やっぱり返ってこなくて、ガックリと落ち込んで。まったく、何やってんだ俺は……とか言いたくなるような感情だった、あれは。 そして今も……。 でも最たる問題はそこじゃない。 今回の恋煩いの「お相手」というのが、連じゃなかったらきっと、こんなにも悩まなかったと思う。 「俺って……俺って……そのケはないと信じてたのにぃーッ!」 とか叫んでも始まらない。 一ノ瀬連。れっきとした男であり、小さい頃よく遊んでいた、そして高校で再び一緒になって陸上を頑張っている……そんな仲。ライバル。それだけの仲。 まあ、谷口の時も条件は同じだったわけだが……というか、谷口の方が接点は少なかった。途中で長距離に種目変更してしまうし、別に小さい頃がどうこうでもないし(むしろ中学とかのことは仙波の方が詳しいだろう)……。 とにかく。それでも、それでもだ。谷口は女の子で、可愛くて優しくて人思いな女の子で、連はというと、無愛想で、好き嫌い激しくて、面倒臭いことはなるべくやりたくない主義で……って、駄目じゃん! そんな連でも陸上のことになれば別人、というか、宇宙人になるんだけど。 「くっそぉ……ああああ助けてくれ健ちゃん!」 今やすがれるものにはなんでもすがりたかった。健ちゃんならわかってくれるだろうか? いや、わかることは到底無理だろうけど、あからさまに引いたりはしないだろう。 しかし、健ちゃんは今も必死にリハビリ中。そんなことで健ちゃんの一日でも早くと願うプロ復帰を煩わせるのは気が引けた。 やっぱりここは潔く当たって砕けろ? それとも乙女っぽく陰からずっと見守ってるわ的な片思い? ……どっちもヤだ。 ……どっちも女々しい。 「うあぁぁぁーッ!!」 学校から帰るといつもこんな感じ。ベッドの上でごろごろごろごろ、ごろごろごろごろ…… 頭を抱えながらぎしぎし唸ってるベッドを気にせず転がる、転がる。勉強は? とかいうのは既に俺の中でタブーとなりつつある。仮にも受験生なのにな、俺…… 「当たって、砕けるか……」 んで、男らしくズバッと砕けたら…… 「髪を、またオレンジにする、とか……?」 ……………………女々しい。 そんな、失恋した女の子じゃあるまいし。よく女の子は失恋したら髪を短く切るとかいうが、そんな可哀想なお涙頂戴の女の子と同類になってしまうのか俺は! 男なのに! 男なのに! 「はあ……」 振り出しに戻る。 いやいや、俺は常に前に進む男だ! くそう、こうなったら言ってやる! こんにゃろー! してやる、してやるぞ!! 連に…… 連に、告白してやる! いつもの帰り道、いつものだるい会話、いつもの連。 ただ一つ、俺の心拍数はいつも以上に跳ね上がっていて、心臓はバクバクいってて、身体より俺自身、精神のほうが思わず音を上げてしまいそうだ。 「あの……さ、連」 声が裏返らないように慎重に、言葉を紡ぐ。やべえ、手が汗ばんできた。 「んー?」 相変わらずまったりゆっくりとだるそうに返事をする連。ちくしょう、なんだか悔しいぞ。 「連って今、好きな人いる?」 そうきいてみたが、別に不自然な会話ではないだろう。女子が男子に聞く質問じゃないんだ、怪しむ方がおかしい。つーか、別に連のこと好きじゃなくとも親友の好きな奴ってのは気になるよ。 いいか、俺。これは「男友達として」聞いてる質問なんだからな。下手に落胆したり、嬉しがったりするなよ。 「いるよ」 さらっと答える。 あーぁ…… 終わった。 ま、悲恋ってのもいいだろう。ふふーんだ、自慢じゃないけど同姓を好きになった奴なんてそんじょそこらには絶対いないぜ?……本当に自慢になんねーな……。 「……誰?」 つい最近までは姉の友達が好きだったらしいが結局駄目んなって、今は? いつの間に好きになった? 部活やめたからか? ちょくちょくいってるとはいえ、部活で、みんなと共有する喜びとか、悲しみとか、悔しさとか……そういうのが、なくなったからか? だったらなんて悔しいんだろう。陸上という、例えそれが連の鎖になっても、それで縛っておきたかった。ずっと、ずっと、振り向いてくれるまで。 ――って、俺は女かっつーの! なんだか段々気持ち悪くなってきたぞ…… と、俺が心の中で葛藤していたのはほんの数秒。そしてその数秒の間に、連はさらりと答えた。 いつものように。 表情の一つも乱さず。 「お前だよ」 …………は? 「だから、お前だって」 …………はあ? 「お前、俺のこと馬鹿にしてんのか?」 そう言ってから俺は、最悪の状況を考えた。 「……もしかしてお前、俺のこと知ってて、わざとそんなこと言ってんのかよ」 俺が、連のことを好きだと知っていて。 「そうなのかよッ!?」 「知らん」 ……気の抜けた答えに思わず力んでいた肩の力が抜ける。 「俺、好きだし。お前のことなんてひとっつも知らねーけど、好きだし」 しょうがねーじゃん? みたいな。 「本気……なのかよ」 「うん」 連は立ち止まって俺を真正面から見つめた。 「お前はどうなんだよ」 連は相変わらず表情を崩さない。本当にポーカーフェイスなんだな、こいつ。 「谷口のこと、やっぱ好きなのかよ」 そのセリフを口にしたその瞬間だけ、連は少し寂しそうな顔をした。 「…………新二?」 急に俯いた俺を訝しげに見つめる。それから少し驚いたような口調で、言った。 「……泣いてんのか?」 「泣いてない」 心の汗だよ、と言おうとして失敗した。うへぇー、気の利いたギャグの一つも言えねえ。 くそー、こんにゃろー。そうか、考えてみればこいつスタートダッシュめちゃくちゃ速いんだっけな。スタートから俺いっつも遅れるし。 今回も先手取られちまった。 「くっそー、俺も好きだよ! ああ好きだね、大好きだよ!」 俯いたまま、口調が罵倒しているように聞こえなくもないが叫んでやると、連は一瞬動きを止め、それからちょっと笑った。俯いてても、わかる。コイツ今、笑ったぜ。 「どーも」 連が俺の頭にぽん、と手を乗せた。くそーくそー、連のほうが俺より身体が軟弱なのに、俺、カッコわりぃ…… …………でもま、結果オーライってことで。 「連」 「ん?」 「腹減った」 「じゃマック食おうぜ」 いつもの会話に戻る。でも何だか、幸せだった。 100メートルとリレーでインターハイ行きを決めた時も、幸せだったけど。何か違う、どっかが違う。 とにかく、幸せだった。 連もそうであってほしいなあ、なんて。 ……結局俺、女々しい。 |