愛あればこそ 幽助はあまりセックスを好まない。 それは自分が女役であることが大いに関係している。女みたいだとか女扱いされるとか、そういうことではなく、ただ単に"下"であるという事実が好きではないのだ。一方的に体を蹂躙されるということが我慢ならない。それが誰であっても、である。 「幽助。これは喧嘩じゃないんですから」 蔵馬が呆れたように言う。蔵馬がそのセリフを口にするのは、今回で四回目。蔵馬と寝る時にはいつも言われている。だから幽助もいい加減わかってはいるのだが、どうしても反抗したくなってしまうのだ。 幽助は乱れた息を整えながら、聞こえなかったフリをした。蔵馬と目を合わせないように、横を向いてぐちゃぐちゃになったシーツを見つめる。蔵馬のため息が降ってくる。 「幽助が嫌なら、やめますけど」 「いいから、続けろよ」 別に嫌だから反抗しているわけじゃない。最初は死ぬほど痛くてもう絶対やんねーぞって思ったけど慣れると気持ちいいし、戦っている時とはまた違う興奮を覚える。 ただ、相手の思うようにされると、「負けだ」と思ってしまうだけだ。 声を出せと言われれば唇を噛んででも我慢するし、キスをされそうになったら口を閉ざしてしまう。情事の最中にそんなことをされて、しらけずにいてくれているのが不思議なくたいだった。 蔵馬が再び腰を動かし始める。 幽助の口の中に、血の味が広がった。 ベッドの中でごろごろしながら、幽助はなかなか蔵馬と目を合わせなかった。合わせられなかった、というのもある。不安もあった。 「幽助」 着替えを終えた蔵馬が上から声をかけてくる。幽助は動かない。衣擦れの音がしたかと思うと、蔵馬が口付けてきた。幽助は抵抗しなかった。 「口」 唇を離すと、蔵馬は小さく呟いた。 「切れてる」 口から漏れ出そうになる嬌声を我慢するために唇を噛んだ時、傷ついたのだろう。 蔵馬の口調は、それなのに咎めるような口調ではなく、純粋に心配するようなそれだった。幽助は「ヘーキ、こんなの痛くも痒くもねえよ」と言って少し笑って見せた。そこで初めて蔵馬の顔を見た。不安そうな顔。少しだけ、幽助の鼓動が速くなった。 「あ、あのよ、蔵馬」 幽助は思い切って呼びかける。このままでは誤解されてしまうと感じたからだ。 「俺、別に嫌いとか、やりたくねえとか、思ってるわけじゃ……ねえ、から……」 「ええ、知ってますよ。なんだかんだで気持ちよさそうですしね」 蔵馬のその言葉に、幽助はぐっと押し黙る。 「それで、幽助」 先ほどまで薄く浮かべていた笑みを、今度は完全に消していた。真剣に、まっすぐ、幽助の目を見ていた。からかうような色は一つもない。 「セックスは好きでも、俺のことは、どうですか」 「え?」 「俺のこと、好きでいてくれますか?」 幽助は沸々と怒りがわき上がってくるのを感じた。全身が熱くなる。どうして、ここまできてどうして今更そんなことを問うのか。嫌いならばそもそも寝たいとは思わない。いくら仲間だからと言っても、殴るか蹴るかかくなる上は霊丸を撃ってでも、逃げようとするだろう。 それに、幽助がこれまで女役に甘んじてきたのも、ひとえに蔵馬を傷つけたくないという思いのせいだ。男同士の知識などはほぼ皆無だったし、中途半端な知識のままにセックスをして傷つけたくないと思った。だから今まで、受け身であり続けてきたのに。 心の中でそうまくし立てても、何一つ口に出すことができない。そのうちに、怒りはなりを潜め、代わりに静かな愛情がわき上がってきた。 そっと蔵馬に告げる。 「なあ、しようぜ」 蔵馬は黙って、じっと幽助を見つめていた。 「今度は逃げねーよ。口ももう、噛まない」 着替えたばっかで悪いけど、と付け加えると、蔵馬は優しく笑った。安心させるように。 でも、幽助は、蔵馬は自分の誘いに乗ることを確信していた。なぜなら、ここまで蔵馬は計算していたに違いないからだ。それでわざと、あんなことを言ってみせた。そこまでわかっておきながら罠にはまるのも、幽助は蔵馬に見せ付けてやりたかったからだ。どれほど自分が蔵馬を好きなのか。言葉では決して言い表せない愛を。 「幽助、愛してますよ」 惜しげもなく向けられる笑顔に、幽助もぎこちなく笑って応えてみる。愛のある笑顔とは何だろう。宣戦布告のそれなら、よくわかるんだけど。 蔵馬は服を脱ぎ始める。 幽助は全身の力を抜いた。 乗せられたのはどっちなのか、思い知らせてやる。――やはり、幽助のケンカ好きの性は、どうあがいても消えそうになかった。 |