全てはそこに帰結する キスってなんだよ? ってぐらいの勢いでいつも飛影はそれをすっ飛ばして次の段階に進もうとするから、受身である俺としてはいつも押さえるのに大変だ。よりによって、そろそろ店を開くぞって時に来るんだもんな。営業妨害もいいとこだ。 多分、物覚えのいい飛影は、どこから知識を得たのかは知らないが、恋のエー・ビー・シーを全く無視して、いきなり恋人とは性交する、ということを覚えたんだろう。いつもいきなりやってきて会えなくて寂しかったのくらいの冗談も言ったらいいのに(言ったら言ったで、いろいろアレだけど)、いきなりことに運ぼうとするからたまったもんじゃない。 大体、俺が受身ってことも不満だ。 多分原因は一度目にあると思う。 一度目は飛影の知識は男役分しかなかったし、俺も男同士のやり方なんててんで知らなかったので、いや、知っていてもおかしいけど、つまり飛影はおかしいけど、飛影がじっとしてるだけでいい、なんていうからじゃあじっとしてるわってなことで受身になってしまった。 二人の関係に何か問題があるわけでも、破局に繋がるほどの不満があるわけでもない。 ただ、何とかしてほしい。 「……お前はうさぎみてーだな」 「うさぎ?」 俺をベッドに押し倒し、自分は四つんばいになったまま、飛影は首を傾げた。 「だってうさぎは、万年発情期って言うだろ」 「はつじょうき? なんだそれは」 他のいろいろを知っててなぜそれを知らない。自覚がないあたりかなり動物っぽい。まさに本能で動いてますよ、みたいな。それにしたって、この頻度はどうだ。 「最近特によく来るよな」 「貴様が拒否するからだ」 「当たり前だ! こちとら商売やってんだよ! 勝手に休んだり……はよくやるけど……道楽商売みてーなもんだけど……でも商売なんだよ!」 なんだか説得しきれないのが悲しい。魔界と人間界を行き来していれば、そんな風になるのも仕方ないさと自分に言い聞かせてきたのだが。 「じゃあ、今日ならいいのか」 「あのなあ……」 呆れ顔をしてみると、飛影がむっとした顔で立ち上がった。ようやく俺も解放されて、上半身だけ起こす。飛影は相手が例え恋人であっても、馬鹿にされるのはやはり嫌らしい。これは俺だからなのか? 心外だが何も言えない。 「幽助はじゃあ何がしたいんだ」 「何がしたいって言われてもなあ……」 「なんだ。理由もなしに毎日断っているのか貴様は」 だから、断ってる理由は商売があるからなんだって! しかし、飛影が言いたいのはそういうことではないらしい。多分、俺の持つ僅かな不満、というか呆れ、の正体がどこにあるのか、とにかく屋台だけではないと気づいたのだろう。なかなか鋭いヤツだ。 「あのな、飛影。物事には順序ってあんだろ?」 「何の順序だ」 「いやー、その……恋の?」 飛影は眉根を寄せた。 「テメー、冗談で言ってんじゃねーぞ! 人間界にはなあ、恋のエービーシーっつーもんがあってよ、普通はその順番どおりにやるもんなんだよ!」 「ほう。言ってみろ」 なんでこいつこんなに偉そうなんだろ。 「いいか、Aがキス、Bが最後までしねーセックス、で、Cでやっと本番。Dは妊娠……あ、これナシな。俺頑張ってもガキは生めな……」 「問題ないだろ」 「……は?」 「順序だてて進めるんだろう? 俺たちは飛び級してCまでいったから後戻りする必要はない」 「はあ?」 飛び級ってなんだかお前わかんのかよ?……というところもだが、恋愛のABCを学年感覚で捉えたのか。ある意味柔軟っていうか、なんというか。 アホだ。 なんだか、説明するこっちが馬鹿らしくなってきた。というか、恥ずかしい。一足す一がどうしてニになるのかを必死に説明している気分になってくる。 もう、いいや。 行動で示せばいい。 「飛影、俺はな、」 俺が顔を上げると、飛影はじっと目を見つめてくる。俺は目を見つめたまま、手を伸ばした。飛影の胸倉をがしっと掴む。そして、強引に引き寄せる。 キス。 やっとまともな、恋人らしいことができた気がする。 「俺は、こーゆーことをしたいっつってんだよ」 あー駄目だ。男相手だとどうしても気恥ずかしくなって目を逸らしちまうんだよな。飛影の視線は痛いくらい感じるのに。 飛影は、たっぷり十秒間、俺を見つめた。 その間、俺はずっと視線を逸らして窓の辺りを見ていたけど。ああ、今日も月が綺麗だ、なんて思う余裕もない。大体、今日は新月だ! 「そんなことか」 飛影はぽつり、呟くように言った。 「え?」 「また来る」 飛影はそう言って窓から去っていった。 ――なんか、嫌な予感が……。 嫌な予感というのはいい予感に比べてはるかに的中するものである。いい予感ってなんだろうってぐらいに。 で、思ったとおり、飛影は今度はキスをしてくるようになった。たどたどしいキスが初々しくてなんとなくいいなって思ってたんだけど、キスだけで終わらないからタチが悪い。キスしてしまったからなんとなく後戻りできないのもタチが悪い。 結局、状況は悪化してしまった。 でも、まあいいや、って思えるくらいには、多分俺はこいつのことが好きだ。 だから、今日もベッドに横になってため息をつきながら、ラーメン作りを諦めるのだ。 |